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イタリア観光のための知識 ― 教会の知識


 

教会に関する知識


教会の呼び名

教会は、英語でChurch、イタリア語でChiesaと呼ばれていますが、Chiesa3つに分けられます。この文章にも、色々な言い方を使っていますが、一応、下記の基準に従って書いているつもりです。


普通の教会(単にChiesa
:要するに教会(Church)です。教区教会はParish ChurchChiesa Parrocchiale)と言われます。


バシリカ(Basilica
:所謂、聖堂と言われる教会です。Chiesaとは格が違うことになっています。ミラノの城壁外の4教会(サンタンブロージョ、サン・ロレンツォ・マッジョーレ、サン・シンプリチャード、サン・ナザーロ)等はバシリカと呼ばれています。他にも、有名な教会はほとんどバシリカです。


カッテドラーレ
:聖堂の中でも司教が居る聖堂で、日本語では大聖堂となります。ミラノのドゥオモは大聖堂です。単にドゥオモは大聖堂のことと思っている人もいますが、ドゥオモが大聖堂である場合が多いからそう呼ぶのであって、上記の説明のように正しい理解ではありません。

上記の3種類の格付け以外にも教会によって呼び方が違っています。下記に、呼び方とその意味をわかる範囲で書きました。

1.            ドゥオモ:各地にドゥオモがありますが、ドゥオモとは英語では“Home”との意味ですので、その地域のホーム教会となります。そのほとんどが大聖堂に格付けされているので、ドゥオモ=大聖堂と思っている人がいますが間違いです。

2.            日本でチャペルと呼ばれる教会は、英語でChapel、イタリア語ではCappellaで、礼拝堂の事です。普通は、教会の一部となっていますが、教会の近くに独立して建てられている礼拝堂も多く見ることが出来ます。有名なものは、ベルガモのコッレオーニ礼拝堂があります。世界遺産に登録されているサクロ・モンテは、この礼拝堂がいくつも建てられていて、キリストの物語を順番に表現しています。

3.            イタリア語でオラトリアOratoria)とは、英語のOratoryで祈祷堂(又は小さな礼拝堂)をさします。また、イタリア語でバッティステロBattistero)とは、英語のBaptisteryで洗礼堂となります。

4.            修道院は、英語でAbbey、イタリア語ではAbbaziaといいます。但し、カルトゥジオ会の修道院はチェルトーザ(Certosa)と呼ばれています。パヴィアの修道院は、カルトゥジオ会なのでCertosa di Paviaです。キアラヴァッレ修道院では、シトー会なのでAbbazia di Chiaravalleとなっています。ちなみに、男子修道院は、英語ではMonastery(イタリア語ではMonastero)、女子修道院は、Convent又はNunnery(イタリア語はConvento di Suoreで、SuoreSisterのイタリア語ですが、Suoreと言わなくてもConventoで尼さんの修道院です)と言います。イタリア語ではAbbaziaとなっているのに日本語では単に教会と書いてあることがありますが、イタリア語のアバッツィア(Abbazia)は修道院全体をさす言葉で、日本語では修道院の一部である教会部分だけを取り出したものと考えられます。

教会の建築様式

この文章の中でえらそうに、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス建築等の言葉を頻繁に使っていますが、建築屋ならともかく、素人には、その違いはかなりわかり辛く、多分、半分も理解しないでこれらの言葉を使っていると思っています。特に、ミラノ及びミラノ周辺では、教会の修復が度々行われていて、いろいろな建築様式が融合されている教会が多く、それに加えて、それぞれの建築様式に、北イタリアを特徴付けるロンバルディ様式が重なるので、ますます、素人にはわかりません。今までに得た知識からそれぞれの建築様式に対する自分なりの理解を下記にまとめました。

理解が不十分で多少の間違いがあっても、少しばかりの知識をもとに、この建築はロマネスクだとか考えながら教会を見ると楽しみが増えます。

一般的な教会の構造
         
            教会の構造
まず、教会の構造から説明します。聖堂(Basilicaと格付けられる教会は、通常上から見ると十字架の形をしています。


十字架(Croce
の交わったところには灯りとりを目的とした高い塔が立っていて、それを採光塔(Torre Faroと呼びます。通常、まず、灯りとりの窓がありその上にクーポラ(Cupolaがついている構造が多いようです。また、クーポラにはひときわ目立つフレスコ画が施されています。十字架の頭の部分は後陣又は英語読みでアプス(Absideと言います。ここにはその教会が奉っている主祭壇(Altareがあります。話がそれますが、ミラノのサン・サティーロ教会は、後陣に十分な奥行きを取れなかったために騙し絵によって如何にも奥行きがあるように見せかけています。

両側の腕に当たる部分は翼廊(Transettoと言います。礼拝堂(Cappellaになっていたり、別の祭壇が設けられたりしています。大きな教会ではここに出入口も設けられています。

最後に、十字架の一番長いところが身廊(Nave又はNavataです。3身廊では中柱があり、身廊の両側には側廊(Navata Lateraleが設けられています。ルネッサンス建築では身廊の両側に礼拝堂があるところが多いようです。身廊の真ん中には信者のお祈りのための席が設けられています。身廊及び側廊の間にある中柱(Colonnaアーチ(Arco構造の下をアーケード(Arcadeと呼んでいます。

後陣の地下に聖人の遺物を納めた礼拝堂がある聖堂がありますが、それはクリプトCrypta、秘密の地下室の意味)と呼ばれています。何度か改修や拡張されている教会でも、このクリプトだけは、昔のままである場合が多いので、クリプトに行くとその教会の古さがわかる場合があります。

教会の正面(身廊への入り口)には扉口(Portaがあります。ここは、教会の第一印象となりますので大事なところです。この扉口はファサード(Facciataと呼ばれています。小さな教会や初期のロマネスクの教会にはついていない場合もあります。ロマネスク建築とゴシック建築では、ファサードの主扉はアーチ構造で造られていて、扉とアーチの間にはタンパン(Tympanumと呼ばれている部分があります。そこには、その教会の由来となっているもっとも重要な彫刻又はフレスコ画が施されています。

鐘楼(Torreはこの十字架形の教会の足元(ファサードの横)の部分に設けられるのが通常です。従って、聖堂には、通常、(少なくとも)採光塔と鐘楼の2つの塔がそびえていることになります。

教会の屋根とアーチ構造

教会の屋根には、昔の建築家もかなり苦労していると思います。初期のロマネスクでは、木造に瓦屋根が主流でした。但し、木造は雨漏りがしますし、火事で燃えてしまいます。戦争も度々起きていた中世では、木造では直ぐに屋根が焼け落ちてしまいます。そこで、当時の建築家は、特に大きな教会の屋根を石造りにするために、古代ローマ建築様式であるアーチ構造を取り入れることにしました。ローマ時代には、大きな集会堂をバシリカと呼んでいましたので、このことが、今日大きな教会をバシリカと呼ぶ理由です。

そのアーチ構造の屋根が、ロマネスク建築の特徴でもあるヴォールト構造で、最初はかまぼこ型(筒型)の連続した水平アーチ構造でしたが、これでは、広いエリアをカバーできないので、交差ヴォールトという、かまぼこヴォールトを直角に交差させた構造が出来ました。石造りの屋根であるために当然ながら木造に比べて大きく重量が増えることになります。このヴォールトを支えるためには当然ながら壁の厚さを厚くする必要が生じてロマネスク建築の壁はだんだん厚くなってきています。同時に窓も少なくせざるを得ず、教会の中はますます暗くなります。

しかし、ゴシック建築になると、交差ヴォールトの稜線をリブで補強した形ができ、強度が増し重量を大幅に減らせたので、壁の厚さを薄くできるようになり、窓も大きくできるようになりました。そこで、大きな窓にはステンドグラスとなり、きれいなステンドグラスが見ることが出来るようになっていきます。ルネッサンス建築ではドーム構造であるクーポラが教会の中心にある採光塔に設けられて、鐘楼に変わって採光塔が教会のシンボルとなって行きます。


このように、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンスの各建築様式は、基本的にはアーチ構造が主体となっています。即ち、屋根はヴォールト構造(アーチ構造を連続させたもの)かドーム構造(アーチ構造を回転させたもので、ローマのパンテオンがその代表)であり、扉や窓の開口部はアーチ型に補強された中に設けています。従って、屋根まですべて石造り(ミラノではレンガ造り)が基本となっています。

そのために、屋根重量が大きくなり、壁にその重量を持たせるために壁が厚くなり、壁の強度を保つために窓が少なくなり、内部が暗くなっています。晴れた日中に教会の中に入ると暗いところに目がなれるのに時間がかかるのは皆さんも経験していると思います。でも、その暗さが神聖な雰囲気を醸しだし教会内部の雰囲気を盛り上げているところもありますので、一概に悪いわけではありません。

近代建築の教会内部は十分に明るいのですが、わざわざカーテンを閉めて暗くしているところもあります。でも、開放的な家で育ってきた日本人には、木造建築で大きな窓の明るい建築のほうが好みだと思います。まだ、初期ロマネスク建築である木造の屋根の教会を見ることが出来ますが、木造のほうが温かみを感じるだけでなく落ち着きます。

建築材料

これは、建築様式に関係はありませんが、教会建築は、本来、(特にロマネスク建築様式は)大きな石を使った石造りが主流です。湖水地方やアルプスの麓に行くと、山から切り出した岩を使った石造りの教会が多く見ることが出来ます。がっちりとしていますが冷たい感じの白い石造りの教会はレンガ造りよりも哀愁を感じます。但し、石造りだとファサードの建造は難しいためか、ファサードがない教会が多いようです。

湖水地方ではなくミラノ周辺の街にある特徴的な石造りの教会として、パヴィアのサン・ミケーレ教会は淡い茶色の砂岩で造られていて白の石と違い全体的に柔らかい感じで出来上がっていて印象的でした。

ミラノ周辺の教会では大きな石の調達が難しいので赤レンガ造りが多くなります。石造りとレンガ造りでは教会の雰囲気が違います。レンガ造りは温かみを感じ、その分、哀愁が少なくなっているような感じがします。

ミラノのドゥオモを初めとした大聖堂になると表面には大理石が多用されます。大理石を使いますと、もちろん豪華さも出てくるのですが、表面の雰囲気は石造りに近づきます。但し、大理石はきれいに保つのが大変で、メインテナンスをしょっちゅうして汚れを落とさないといけません。ほっとくと真っ黒になり黒い教会と思われてしまいます。大理石の調達も大きな石と同じで大変だったようです。お金もかかっています。ミラノのドゥオモの大理石はマッジョーレ湖から運ばれてきた薄桃色の大理石を使っています。従って、ファサードだけを大理石で作っている教会も良く見かけます。

ロマネスク建築様式

簡単に言えば紀元10世紀前後から1200年くらいまでに建てられた教会は、ロマネスク建築様式です。ロマネスクとはローマ風であるとの意味で、全体にシンプルで文様はありますが装飾が非常に少ない建築です。柱も真直ぐに出来ていて、柱頭を除けばほとんど装飾がありません。柱頭には模様程度の装飾があり、それがロマネスク建築の一つの特徴となっています。

ロマネスク建築では、アーチ構造主体で造られています。石でできたヴォールト構造の屋根の重量を支えるために壁は厚く窓が少なく、しかも大きな窓はありません。扉や窓等の開口部は半円形のアーチ構造の補強の下にあります。ファサードの半円形のアーチと扉の間にはタンパンがあり、そこには、各教会の一番重要な彫刻があります。但し、中後期ロマネスク建築ではロンバルディア様式の特徴でもあるファサードの丸窓が設けられています。初期のロマネスク建築では、天井は木造でファサードもありませんでした。ヴァラッロにあるマドンナ・デッラ・グラッツェ教会やチヴァーテのサン・ピエトロ・アル・モンテ教会がそれにあたります。中後期には、屋根の構造は木造屋根から徐々に筒型のヴォールト構造になり、それが交差ヴォールト構造に変わりゴシック建築のリブ・ヴォールト構造に引き継がれます。

同時期に、東方教会地域ではビサンチン建築様式がありますので、ロマネスク建築は西欧だけにあるようです。また、中後期のロマネスク期には東ローマ帝国に支配されたこともあり、ビサンチン建築の影響を多く見受けることができます。もともと、ドーム構造やヴォールト構造は古代ローマ建築様式を継承しているビサンチン建築から来たものですので、この点からも中後期のロマネスク建築へのビサンチン建築の影響は見て取れます。ヴェネツィアのサン・マルコ寺院はロマネスクとビサンチンの融合建築と言われています。後期ロマネスク建築には採光塔にクーポラを設けている教会もありますが、ほとんどのクーポラはルネッサンス期以降につけ加えられたものが多いようです。また、ロマネスク建築の聖堂では、鐘楼が独立している教会が多くあります。これも、屋根を支える強度部材としての壁には取り付けることが出来なかったためと思います。

教会内部の身廊を見ると、小さい教会と初期ロマネスク建築には単身廊がありますが、大きな聖堂ではヴォールト構造と壁の厚さの限界から単身廊では難しく、ほとんどが中柱で区切られた3身廊になっていて両側に側廊があります。装飾は、ビサンチン建築に倣ってサン・マルコ寺院のようにモザイクもありますが、窓のない大きな壁を利用したフレスコ画が主流となっています。但し、ロマネスクのフレスコ画は、キリスト、聖母マリアや聖人を描いた簡単なもので、芸術性の面から後記したルネッサンスのフレスコ画とは比べようもありません。

ロマネスク建築様式は、質素な武家社会の歴史の長い日本人の好みにあった建築様式ですので、インターネットでもロマネスク建築を訪ね歩き、研究している日本人の手記を多く見ることが出来ます。また、ロマネスク建築の教会はフランスやドイツに多いと言われていますが、北イタリアでもロマネスク・ロンバルディア様式として発展をとげ、フランスやドイツの建築にまで影響を与えていますので負けてはいません。ミラノでロマネスク建築様式と言える教会としては、4世紀に建てられた城壁外の4教会はロマネスク期に修復されていますのでロマネスクと言えます。いずれも、シンプルで装飾がほとんどありません。また、湖水地方やアルプスの麓にも沢山の興味深い石造りのロマネスク建築様式の教会や修道院があります。

ゴシック建築様式

1200年以降1600年くらいまでの建築様式です。ゴシックとは“ゴート人のような”との意味で、あまり、良い意味を持つ言葉ではありません。これは、装飾が増えたことで構造上や機能上を考慮されていないことから来ているようです。但し、このゴシック建築様式もアーチ構造主体になっていますが、ロマネスクに比べますと強度のある構造(リブ・ヴォールト構造など)になり、重量も軽くなった上に壁の厚さも薄くなり、窓も大きく取れるようになっていますので、構造上の進化は遂げています。

ゴシック建築様式でも扉や窓の開口部はアーチ構造で補強していますが、その特徴は、ロマネスク建築のような完全な半円形ではなく、三角形に近い先端が尖っているアーチとなっています。先に述べたとおり、ゴシック建築では、装飾がかなり多くなり豪華になっています。屋根には、ゴシックの特徴的な尖塔が立つようになりました。鐘楼や採光塔の先端も尖っています。これらの尖塔と尖ったアーチの下に大きな窓があればゴシック建築と考えて良いと思います。この派手な建築様式は、芸術性も高く見る人を楽しませてくれますので、決して、“ゴート人のような”とのあまり良くない意味で比喩されるような建築様式ではないと思います

ゴシック建築では、装飾の彫刻も特徴の一つです。壁や柱頭の彫り物だけではなく彫刻された大きな像までも装飾として飾られました。結果として、ゴシック建築の外観はロマネスク建築とは大きく違っています。ミラノのドゥオモを初めとして各地の大聖堂はゴシック建築が多いようです。やはり、大聖堂は目立つようにしたいのでしょう。この建築様式は宮殿にも多く採用されています。ピアチェンツァのゴティコ宮殿は、英語で言えばThe Gothicとなります。

聖堂の内部は、ロマネスク建築と同様に3身廊が多くなっています(ミラノのドゥオモは5身廊です)。従って、まだ建築技術の面から限界があったのでしょう。内部の装飾は、もちろん、フレスコ画はあちこちに残っていますが、窓が大きくなったことによってステンドグラスを取り入れ始めたのがゴシック建築の大きな特徴です。ステンドグラスの絵にも、その教会の重要なメッセージが描かれています。

ゴシック建築で代表的なものは、何と言ってもミラノのドゥオモです。これまでのロマネスク建築とは大違いですから、素人でもはっきりとその違いはわかります。また、パリのノートルダム寺院も有名なゴシックです。他にも、その派手さから教会のファザードだけはゴシック建築としている教会もあります。

ルネッサンス建築様式

ルネッサンスとは基本的にはローマへの回顧主義です。調和と均整が取れた建築様式です。ゴシックの反動だと思いますが、装飾が多すぎるのは本質を外れていると理解されたのかもしれません。彫刻や絵画も、ギリシャ・ローマ時代に戻って、豊かな表情や均整の取れた人間美を表現しています。やはり、ルネッサンスの特徴は何と言っても彫刻や絵画の芸術性です。

建築面でも、建築技術の向上もあり、これまでとは違うルネッサンス建築の特徴が出てきています。大きな聖堂の中心にある採光塔にはクーポラがついて、それもより高くなり教会のシンボルとなりました。また、これまでの聖堂の身廊には中柱で仕切られた側廊がある3身廊でしたが、この頃から中柱のない身廊が増えてきています。マントヴァのサンタンドレア教会がその一例です。中柱がないことにより、教会の中に入ると、より大きな空間が出来ていて、教会全体が神聖な雰囲気になっています。ルネッサンス建築では、教会の正面でもあるファサードにも工夫が凝らせられているものあります。上記のサンタンドレア教会のように、凱旋門を思わせるような大きな入口となっているファサードも出てきました。

教会内部では、サンタンドレア教会のように、身廊の両側に礼拝堂を配置して強度を上げる工夫を凝らされています。装飾はダヴィンチ、ミケランジェロを代表とするフレスコ画が主力で、その芸術性は、“最後の晩餐”やローマのシスティーナ礼拝堂の“最後の審判”を見ればこれまでのフレスコ画との違いは明らかです。特に、光の入るクーポラの内側の装飾は、その教会の一番重要な意味を持つフレスコ画が描かれています。観光の時に、どこの教会に行ってもこのフレスコ画を見逃すことが出来ません。また、この頃から遠近法を駆使した騙し絵も描かれています。

ルネッサンス建築様式の教会はいっぱいあります。ミラノで代表的なのは最後の晩餐で有名な、サンタ・マリア・デッラ・グラッチェ教会です。この教会自体も世界遺産に登録されていますが、“最後の晩餐”の影にかくれていてあまり話題にも出てきませんが、修道院を備えたすばらしいルネッサンス・ロンバルディア建築様式の教会です。その他では、騙し絵の後陣で有名なサン・サティーロ教会もルネッサンス建築です。

ロンバルディ建築様式

北イタリアでは、上記の建築様式に、よくロンバルディア様式といつも付け加えられます。特に、ロマネスク・ロンバルディア建築様式が多く見られます。ロンバルディア様式とは単調なロマネスクに一味加えた建築様式から始まったのだと思います。ミラノ周辺の教会ではファサードにある大きな丸窓を良く見ますが、これが、ロンバルディ様式の特徴と言われています。

モデナやクレモナのドゥオモはロマネスク・ロンバルディア建築様式の傑作と言われています。ロンバルディア様式は、ゴシックやルネッサンス建築にも採用されていて、上記のミラノのドゥオモもファサードに大きな丸窓がありますからゴシック・ロンバルディア建築様式であり、サンタ・マリア・デッラ・グラッチェ教会も同じくファサードに大きな丸窓がありますからルネッサンス・ロンバルディ建築様式と言われています。

バロック建築様式

17世紀後半から18世紀には、ルネッサンス建築にも飽きたようで、バロック建築様式がでてきました。この建築様式の特徴は、柱や梁にまで装飾や彫刻を取り入れて複雑な形にしてある建築だと思っています。わかりやすいのは、柱が彫像になっていたり、手すりが蛇になっていたりしている建築です。彫刻を家具にも取り入れたロココ調もバロック様式の一つであると言われています。この如何にも金持ち貴族的な建築は、教会よりも宮殿でよく使われています。北イタリアではそれほど多くはありませんが、ローマでは、ミケランジェロの死後ローマを芸術の都と変容させたのがバロックであると言われています。

これも、私の好きなヴィジェーヴァノのドゥオモのファサードがバロック様式といわれています。弧を描いているからでしょうか。なぜ、バロック様式といわれるのか良くわかりません。私にはロマネスクとゴシックを合わせたように見えます。

ミラノでは、宮殿でバロック建築様式が採用されているのはリッタ宮(マジェンダ通り)等があります。また、トリノのサヴォイ家の豪華な宮殿群もバロック建築様式で建てられたものです。同じく世界遺産でもあるジェノヴァの宮殿群には、ルネッサンス建築様式の中にバロック建築様式を取り入れたものがあります。バロック建築様式は、もともと、金持ちの貴族が、招いた客が宮殿を直に鑑賞できるように芸術性を前面に出した建築様式のようです。どうも、貴族の成金趣味を自慢しているみたいで、観光で鑑賞するには良いのですが、実用として考えると、個人的にあまり好きにはなれません。

採光塔(クーポラ)

ついでに、良く見るクーポラですが、クーポラとはドーム構造の事であり、アーチ構造の断面を回転させているだけのものです。前にも書いていますが、ドーム構造はもともとローマ建築(パンテオンがその代表)から来たもので、古代ローマ建築様式を継承している東ローマ帝国のビサンチン建築様式から西欧に渡って来たものです。同時に、ビサンチン建築様式はイスラム建築にも多大な影響を与えています。

従って、ビサンチン建築の影響を受けている後期ロマネスク建築にも見ることが出来ます。西欧の教会建築では通常、クーポラは、身廊、後陣と翼廊が交差する灯りとり窓の上に設けられ、採光塔の一部となります。

北イタリアの教会では、度々教会の改修がなされ、クーポラも後の時代に追加されたりしているようですので、クーポラでは建築様式は判断できないようです。但し、クーポラはどちらかと言うとルネッサンス建築様式に多いようです。と言うより、ルネッサンス建築はこのクーポラを中心に教会全体(外装も内装も)を設計しているように思えます。外観からは教会のシンボルとして、内装では、教会で一番重要なフレスコ画を描くところとしてクーポラが使われています。

ローマのサン・ピエトロ寺院までは行きませんが、パヴィアのドゥオモのクーポラは大きくて有名です。また、それほど有名ではありませんが、ノヴァーラのSan Gaudenzio教会の採光塔のクーポラは非常に高い塔になっていてすばらしいものです。鐘楼とともに2つの塔がノヴァーラ市民の誇りです。いずれもルネッサンス建築様式の教会です。

鐘楼

鐘楼にもロマネスク建築やゴシック建築の違いはあります。ミラノにはシンプルなロマネスク建築様式が多いようです。上記のマントヴァのサンタンドレア教会の鐘楼はゴシック建築だと言われています。確かに尖がったアーチ型の窓が多くついています。

鐘楼で有名なのは、世界遺産でもあるモデナのギルランディーナです。白い大理石の鐘楼で高さが88メートルあります。残念ながら2008年以来修復中で見ることが出来ませんので建築様式はわかりませんが、大理石でできたロマネスク建築様式の代表的建造物であるモデナのドゥオモの鐘楼ですから、ドゥオモと同じロマネスク建築様式ではないでしょうか。早く修復を終えてもらいたいものです。

高さでは負けていないのがクレモナのトラッツィア(ロマネスク建築)です。ここは111メートルの高さがあり、上に登ると市街とその先のロンバルディア平野までが一望できます。但し、エレベーターがついていませんので石の階段500段弱を自力で上がらなければいけません。その他にも上に登ることができる鐘楼がいくつかあります。ヴェローナのランベルティの塔(ロマネスク建築)もその一つです。ここからの眺めは世界遺産に登録されているヴェローナの街を一望できます。

まとめ

専門外の話であるのに、説明がかなり長くなってしまいました。専門的に話をするとかなり奥が深いのだと思います。上記の建築様式は、大学の建築学科の教材にもなっています。即ち、建築とは、本来芸術性の高いものだったはずですが、最近の建築は、建築技術、機能性や経済性を重視するあまり芸術性がほとんどなくなり残念です。金儲けや技術至上主義がはびこり過ぎて、建築をビジネスとしか見られずに遊び心がなくなってしまっているのでしょう。このままでは、1000年後の世界で、20,21世紀の建築は、全く誰も評価をしてくれないのではないかと思います。

大学で習ったこれらのヨーロッパの建築様式の歴史を思い出して、少しでも芸術性の高い建築を目差してもらいたいものです。又は、そろそろ、ミケランジェロやダヴィンチのような天才が現れて、現在の建築を根本から見直して欲しいものです。


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